ちょっとだけ不思議な昆虫の世界(3)

今回で2度目の引っ越しです。 さりげなく(Sally Genak)虫たちの不思議な世界を紹介しています。

2017年05月


【虫たちの生き残り戦略㉓】  防御行動の進化



シリーズの最終の23回目として、虫たちの行う防御行動について、
普段思っていることを、「絵日記風」に書き留めてみたいと思います。



この地球上に存在する捕食者と被食者が、
それぞれ生き残っていくために、様々な工夫をしていることは、
数枚の写真を見るだけで、何となく想像できます。

いや、たった1枚だけの写真でも、
生き物たちが、食べるものと、食べられるものに、
分かれてしまう宿命のようなものを感じるし、
その関係の中で、一体どんなことが起こっているのかを、
さりげなく考えさせてくれるのです。




ヒバリ(ヒバリ科)
イメージ 2
2010年7月5日 伊達市・北海道

よく知られているように、野鳥類は自分で食べる他に、
育雛期には、ヒナに与える分も捕獲するので、
その捕食圧(虫を食べる機会?)は、かなり高いはずです。

写真の犠牲者は、なす術もなく捕まってしまったようです。

こんな風に、ヒバリの食物となってしまった虫たちは、
一体どういう状況だったのでしょうか?

 ⇒よく見ると、かすかに翅のようなものが見えます。
  獲物となってしまう虫たちにとって、最悪のパターンは、
  産卵前の雌成虫だった場合です。

折角ここまで生き延びてきたのに・・・

当然のことなのですが、これまで見てきた様々な虫たちの生き残り戦略は、
虫たちの一生の中のある特定の時期だけにしか防御効果がありません。

 ⇒もしかしたら、ヒバリのエサとなったのは、
  ハイイロセダカモクメの成虫かもしれないのです。



ハイイロセダカモクメ幼虫と成虫(ヤガ科)
イメージ 16
幼虫: 2011年10月4日 だんぶり池・青森
成虫: 2016年9月5日 志賀坊森林公園・青森

ミラクル擬態として紹介したハイイロセダカモクメの老熟幼虫が、
野鳥類の攻撃を避けることができるのは、ほんの一時期だけのことで、
その他の卵、若齢幼虫、蛹や成虫の時期には、何の効果もありません。

もちろん、クチブトカメムシのような遠くから視覚で獲物を狙うことのない捕食者には、
なす術もなく捕獲されてしまいます。


【ハイイロセダカモクメ成虫 やっと撮れた!!】
   ↓   ↓   ↓
 http://sallygenak.livedoor.blog/archives/2017-0201




このような自分の姿かたちを、他のものに似せることによって、
外敵を騙して身を守る「擬態」という戦略は、
ほとんどの場合、老熟幼虫と成虫の時期に採用されます。

 ⇒虫たちの採用する防御戦略の多くが、
  多くの野鳥類にとって、好適な餌となるはずの、
  老熟幼虫と成虫の時期に見られるのは、
  理にかなっていると思います。

多くの虫たちの「虫たちの生き残り戦略」は、
せっかくここまで生き残ってきたのに、
ここで死んでたまるか!!という戦略なのです。



小さな虫たちが、何か別のものに似せるというやり方は、
「捕食者に食べられないようにするための手段」としては、
手っ取り早く行える最も簡単な方法なのかもしれません。

でも、ちょっとだけ不思議なことに、
その完成度(?)は、ピンからキリまであるにもかかわらず、
みんな生き残っているように見えるのです。


その中で、最も興味深いのが、
『そこまで似せなくても、みんな騙されてくれるよ!!』
というレベルにまで達したミラクル擬態です。

捕食者側の視覚による識別能力が、よりシビアになればなるほど、
やり過ぎとも思えるミラクル擬態出現の可能性が出てきます。

隠蔽的擬態のハイイロセダカモクメ幼虫や、
標識的擬態のセスジスカシバ成虫を見ていると、
そのような虫たちには、中途半端な妥協を許さない、
視覚に優れた捕食者の存在が、見え隠れするのです。



では、何故、みんながミラクル擬態にならなくても、
生き残ることができたのでしょうか?

一見、中途半端に見える擬態者は、これからも、
本当にそのままで良いのでしょうか?




目立たなくする隠蔽的擬態【Mimesis】の場合には、
あまり葉っぱや枯れ枝に似てなくても、
基本的には、目立たなくする方に向かっているので、
中途半端(未完成?)なものでも、
捕食の機会を、少しは減らすことができるのかもしれません。

だから、中途半端な擬態の存在も、何となく理解できます。


枯れ葉に見せかけた蛾を例に、既出写真が多いのですが、
その擬態の完成度を改めて比較してみます。

 ⇒ただ、枯れ葉に擬態した虫たちが、本当に「隠蔽的擬態」ではなく、
  緑の葉っぱの上にいてよく目立つ「非食物擬態」かもしれませんが・・・?

  【虫たちの生き残り戦略⑨ 非食物擬態(1) 枯れ葉擬態】
    ↓   ↓   ↓
   http://sallygenak.livedoor.blog/archives/2017-0316






クロズウスキエダシャク(シャクガ科)
イメージ 3
2010年9月8日 白岩森林公園・青森

色彩と模様が、やや枯れ葉を思わせる程度で、
輪郭は、葉っぱというより、まさに蛾です。






オビカギバ(カギバガ科)
イメージ 4
2012年6月26日 道の駅万葉の里・群馬

もう少し枯れ葉の色彩に近づき、しかも、
翅の両端がとんがって、葉っぱの葉柄を思わせます。






クロホシフタオ(ツバメガ科)
イメージ 5
2010年9月8日 白岩森林公園・青森

翅に深い切れ込みが入って、より枯れ葉に似てきます。






マエグロツヅリガ(メイガ科)
イメージ 6
2012年7月21日 白岩森林公園・青森

さらに、翅が内側に巻き込み、頭部が葉柄に見えます。
ここまでくると、どう見ても枯れ葉です。

ミラクル擬態と呼んでよいレベルであると思います。






アカエグリバ(ヤガ科)
イメージ 7
2007年10月5日 徳島市・徳島

最初に見たときには、本当に枯れ葉だと思いました。
多分、本物の落ち葉の中にいれば、
誰も見つけ出すことはできないでしょう。



このように、枯れ葉に擬態する虫たちにも
様々な程度のものが混在しています。

そして、あまり完成度が高くない場合でも、
全く問題なく生き残っているようです。







しかし、目立たせる標識的擬態【Mimicry】の場合には、
あまりモデルに似ていないと、中途半端に目立つようになって、
捕食者に発見されやすくなり、その目立つだけの姿かたちは、
むしろ逆効果になってしまう可能性があります。

だから、中途半端な擬態は存在しない・・・?!

ハチに似せた蛾を例に、その擬態の完成度を比較してみます。



トンボエダシャク(シャクガ科)
イメージ 8
2010年8月1日 だんぶり池・青森

ごく初期の段階のハチ擬態だと思います。
まあ、こんな雰囲気のハチもいるようですが・・・






コスカシバ(スカシバガ科)
イメージ 9
2010年7月27日 だんぶり池・青森

翅が透明になり、胴体の感じも、ハチに近づいています。






ホシホウジャク(スズメガ科)
イメージ 10
2010年11月10日 新木場公園・東京

飛んでいる格好は、ハチですが、静止状態では蛾です。






クロスキバホウジャク(スズメガ科)
イメージ 11
2011年7月3日 白岩森林公園・青森

こちらは、止まっていてもハチを思わせます。
より、ハチの姿に似てきています。






セスジスカシバ(スカシバガ科)
イメージ 12
2011年9月8日 白岩森林公園・青森

これで、ハチ擬態の完成です。
初めて見た人は、これが蛾であるとは思わないでしょう。



何故、このような良く目立つ標識的擬態者の場合にも、
ほぼ完全なハチ擬態者がいる一方で、
不完全に目立つ擬態者が、生き残っているのでしょうか?


考えられる一つの理由は、捕食者にとってみれば、
人間が毒キノコを、見分けるのと同じように(?)、
それを食べるか食べないかは、命がけの選択なので、
ちょっとでも怪しいと思えば、手を出さないのかもしれないのです。

 ⇒多分、このシリーズ⑯で紹介したように、カトカラ類が飛び立つ直前に、
  突然見せる後翅の模様が、赤系統の目立つ色以外にも、
  青や白、黒色まで、様々なタイプがあり、みんなそれぞれが、
  立派に生き残っていることと関係するのかもしれませんが・・・・


もう一つの理由として、最もありがちな回答ですが、
擬態者の数と、モデルの数のバランスなのかもしれません。

モデル種の数の方が圧倒的に多い場合には、
過去のモデル種での嫌な経験を覚えていて、
擬態者があまり似ていなくても(不完全でも?)、
捕食者は擬態者を避ける傾向が強まるはずです。

だから、一般的なハチの仲間に似せているエダシャクやホウジャク類は、
モデル種の数の方が、擬態者の数より(多分)かなり多いので、
あまり似ていなくても良かったのかもしれません。

一方で、特定のハチの種がモデルになっているセスジスカシバの場合には、
どうしても、数のバランスが悪く、セスジスカシバは希少種です。

 ⇒もし、モデルの数より擬態者の数の方が多ければ、
  捕食者は、危険なモデルよりも、無害な擬態者に遭遇する頻度が高くなって、
  擬態者の発する信号は、あまり意味がなくなり、
  逆に捕食されやすくなる可能性さえあるのです。

隠蔽的擬態のように、枯れ葉がモデルの場合には、
どう考えたって、枯れ葉の方が多いに決まっています。

だから、枯れ葉にあまり似てなくても、大丈夫なのかもしれません。



全ての擬態者が、ミラクル擬態を目指す必要がない、
3番目に考えられる理由があります。

姿かたちが有毒あるいは危険なモデルによく似ること以外にも、
擬態者の行動(動き方)が、重要な意味を持っているのです。

例えば、ハチに擬態するトラカミキリの仲間は、
細かく触角を振りながら、ハチのような歩き方をするし、
有毒のベニモンアゲハに擬態するシロオビアゲハのメスは、
モデルと同じようにふわふわと飛びます。

この動き方まで似せることは、特に遠くから獲物を見つける捕食者には、
有効な手段であり、姿かたちの類似性が不十分であることを、
かなりカバーすることができるのだと思います。

逆に言うと、モデルが動く場合には、当然その行動まで似せなければ、
形状がどれだけ似ていても、その効果が薄くなってしまうこともありえます。



もちろん、この3つの理由以外に、重要な事実があるのかもしれません。

もっと言えば、完成度の違う擬態者がいることは、別に何の意味もなし、
不思議でもなんでもないのかもしれませんが・・・・・







ここで、ちょっとだけ遠目に撮った3枚の写真をご覧ください。

このような写真は、普段あまり目にすることはないと思いますが、
実際に獲物を探す野鳥類が見ると思われる景色(?)を想定したものです。

⇒いつもよりサイズの大きい画像を使用しました。
 写真をクリックして拡大画面で、ミラクル擬態を実感してください。




ムラサキシャチホコ(シャチホコガ科)
イメージ 13
2013年8月2日 矢立峠・秋田

中央部に、ちょっとした風でも、落ちてしまいそうな枯れ葉が見えます。
その斜め上の白い蛾は、たまたま写っているだけです。

写真をクリックして拡大すると、枯れ葉ではなくムラサキシャチホコであることが分かります。







セスジスカシバ(スカシバガ科)
イメージ 14
2013年9月11日 白岩森林公園・青森

この距離から見れば、怖い怖いスズメバチに見えますが、セスジスカシバという蛾です。
おそらく、ほとんどの捕食者は、ハチだと思って、近づくことはないと思います。







ヒトツメカギバ(カギバガ科)
イメージ 15
2015年9月23日 芝谷地湿原・秋田

写真中央に白っぽい、やや細長い微妙な鳥の糞が見えますが、これはヒトツメカギバという蛾です。
野鳥類はすぐに見つけると思いますが、、自分の糞だと思って、攻撃することはないでしょう。








最後になりましたが、私のすべてのブログ記事は、
多くの生物学者が信じている(?)進化説、
つまり、「突然変異と自然淘汰によって生物は進化する
という立場で書いています。

ただ、それだけでは理解できないような不思議な現象も、
虫たちを見ていると、まだまだ沢山あるような気がします。

いわゆる「神の意志」としか考えられないと主張する人もいます。

 ⇒もちろん、生物の進化について、
  「世界にたったひとつだけの法則
  が支配しているとは限らないと思いますが・・・







以下、この記事の蛇足です。


ウスベニアヤトガリバ(カギバガ科)
イメージ 1
2013年7月27日 城ヶ倉・青森

この蛾の模様は、ヨナグニサンのような単純なヘビではありません。
前翅の付け根付近が、まるで野鳥類に破り取られたように見え、
その中に、ヘビ(コブラ?)のような模様があるのです。

 ⇒前翅の破れた部分に見えるヘビ(?)は、
   下の方が、蛾の胴体とピッタリ繋がっているので、
   画家が描いたのではないかと思うほどの「リアルな仕上がり」です。
  ただ、その破れ目とヘビの模様を、
  捕食者が本当に嫌うのかどうかは、
  おそらく現時点では、観察例がないと思います。


何故、翅の破れ目の奥にヘビがいるという、
不思議な「手の込んだ(?)模様」になったのでしょうか?

【エイプリルフール・・・なので、 アヤトガリバ】
 ↓   ↓   ↓
   http://kamemusi.no-mania.com/Date/20150401/1/


元々は、体の一部の模様が「心霊写真」のイメージだったはずです。
ところが、何らかの理由(?)で、
その模様がある個体の方が、ちょっとだけでも、
生存に有利な状況が有ったのです。

 ⇒このような模様が、心霊写真的なものではなく、
   より鮮明に見えるようになった背景は、
   一般的には、捕食者との関係から考えるのが普通です。

  もしかして、・・・・いや間違いなく、
   このようなヘビに見える模様と、
   さらには、皮膚が破れているという異常事態の両方を、
   本能的に嫌う捕食者がいるはずなのです。




しかし、冷静に考えてみると、以下の疑問点が浮上します。

【1】アヤトガリバの仲間は、基本的には夜行性です。

  ⇒夜行性の蛾の多くは、昼間動き回ることはなく、
    葉っぱの裏などに隠れて静止しているので、
    折角の背中の模様を、視覚で獲物を探す野鳥類に、
    見せる機会は、ほとんどないかもしれないのです。

【2】アヤトガリバ類は、希少種(珍品?)です。

  ⇒これは、個人的な感想なのですが、
    人間が探すのと同じように、野鳥類が昼間に、
    アヤトガリバを探し出す(出会う?)確率は、
    かなり低いことが予想されます。

という訳で、捕食者がアヤトガリバの模様に驚いて、
攻撃を躊躇するような機会はほとんどなく、しかも、
たまたま、その現場を人間が観察できる確率なんて、
ほぼ「ゼロ」に近いのです。

だから、アヤトガリバの「破れ目とヘビの模様の進化」は、
一般的な「捕食者と被食者との共進化」では、
今のところ説明できないのです。

 ⇒そうは言っても、これだけのリアルな模様を、
  「単なる偶然の産物で、何の意味もない!」
   と、片づけてしまうのも、あまりにも残念です。

現時点では、「謎のまま」で残しておくしかありませんが・・・





【虫たちの生き残り戦略㉒】 物理的防御法


今回は、まさに虫たちが捕食者から攻撃を受けたときに、
化学物質を放出することなく、物理的に立ち向かう虫たちです。

普通に考えると、カマキリの前肢(カマ?)、サシガメの口吻、
スズメパチの大顎や、もっと言えばサソリの尻尾なども、
自分が獲物を捕らえるときの攻撃的な武器が、
自分を捕食しようとする相手に対して、防御手段となるはずです。





こんな例もあります。

キイロスズメバチ(スズメバチ科)
イメージ 1
2011年10月18日 東海村・茨城

花にいたキイロスズメバチの写真を撮っていたら、
急に自分に向って飛んで来た瞬間です。

 ⇒秋になると、スズメバチの仲間が、
  人を襲うというニュースが流れますが、
  もちろん、彼らの外敵(人間)に対する防御行動です。

スズメバチの強靭な大あごは、小型の虫たちを捕獲する武器ですが、
野鳥類やカエルなどの捕食者にとっても、効果的な対抗手段になります。







一方、肉食ではない虫たちの中にも、
物理的な防御手段を、独自に発達させていることもあります。

クワガタ類の雄の巨大な大あごや、カブトムシの大きなツノなども、
場合によっては、外敵から身を守る武器になるかもしれません。

最も分かりやすいのが、全身に毛やトゲを持つ虫たちです。

多くはチョウや蛾の幼虫なのですが、いわゆる毒針毛ではなく、
やり過ぎとも思えるトゲトゲを持っているものもいます。



ルリタテハ幼虫(タテハチョウ科)
イメージ 10
2013年9月22日 ひたちなか市・茨城

タテハチョウ科の幼虫は、よく目立つ種類が多いのですが、
ルリタテハ幼虫は、おそらくダントツに奇抜な恰好です。

 ⇒サルトリイバラやホトトギス類などが食草ですが、
  いずれも、特に有毒植物と言われる種類ではないようです。

だから、体液に不味(有毒)成分は持っていませんし、
不気味な棘にも、毒はありません。










多分アカヒゲドクガ幼虫(ドクガ科)
イメージ 2
2011年8月16日 乗鞍高原・長野

なんか、形状・色・長さの異なる数種の毛が、体中に生えています。
見た目だけで、関わり合いになりたくないイメージです。

 ⇒良く見ると、両サイドの短い毛は、アリの攻撃を防げそうです。
  上に伸びる長い毛は、ムシヒキアブやサシガメなどの攻撃を、
  物理的に邪魔することが出来そうです。
 
ただ、鳥に対する防御効果は、全くなさそうですが・・・・











リンゴドクガ幼虫(ドクガ科)
イメージ 3
2012年9月26日 ひたちなか市・茨城

ドクガ科に属しますが、毒針毛は持っていません。

 ⇒ですから、触っても大丈夫ですが、
  これだけ見事に毛があると、
  思わず笑ってしまいそうになります。

多分アリ対策用の毛だと思いますが、寄生蜂にも効果がありそうです。










チョウ目以外の虫たちも、トゲを持つことがあります。


トホシテントウ幼虫(テントウムシ科)
イメージ 4
2011年1月15日 渡良瀬遊水地・埼玉

明らかに「やりすぎ感満載」のトゲトゲがあります。

テントウムシの場合は、有毒成分を体内に持っているからか、
このトゲ自体には、毒腺はありません。

 ⇒やっぱり、近くに住むカエルやトカゲ類は、
  物理的に食べなさそうですが・・・


いずれにしても、このような毛束やトゲトゲは、
野鳥類やトカゲ・カエルなどの大型の捕食者に対しては、
見た目ほど効果的ではないのかもしれません。









防御効果があるのは、トゲだけではありません。

以下の2例は、今シリーズ②の【隠れている】の範疇かもしれませんが・・・


アワフキ類の幼虫(アワフキムシ科)
イメージ 5
2016年6月23日 だんぶり池・青森

ちょっとだけ泡を取り除いて撮った写真です。

これだけの泡の中に隠れていれば、捕食者も攻撃してこないでしょう。


実際の泡の見た目の状態はこちらで・・・

 【アワフキ三昧】
  ↓ ↓ ↓
  http://sallygenak.livedoor.blog/archives/2016-0702










ヨフシハバチ類の幼虫(ヨフシハバチ科)
イメージ 6
2015年9月13日 だんぶり池・青森

この写真も泡を取り除いて撮った写真です。


実際の泡の見た目の状態はこちらで・・・

【不思議なシダの泡 ヨフシハバチ類の泡巣だった!!】
  ↓   ↓   ↓
 http://kamemusi.no-mania.com/Date/20150713/1/










次は、物理的防御法として、最もふさわしい(?)タイプです。


ホシナカグロモクメシャチホコ幼虫(シャチホコガ科)
イメージ 7
2012年8月22日 十石峠・長野

シッポに痛そうな棘がある2本のムチをもっていて、
アリなどの攻撃を受けると、それをふりまわして追い払います。

 ⇒人が近づいても、結構な勢いで威嚇するのを何度も見ていますが、
  比較的小さな捕食者(アリやクモなど)が、
  実際に吹っ飛ばされてる現場には、残念ながら遭遇していません。

  しかし、その勢いからすると、カマキリとかサシガメのような、
  やや大型捕食者も、攻撃をためらうかもしれません。





また、写真はありませんが、ある種のカツオブシムシの幼虫は、
腹部に顕著な毛のフサを持っていて、外敵に襲われたときに、
その毛束をれを相手の体に付着させて動けなくします。

 ⇒このような自分の毛束を相手に付着させる行動は、
  特に小さなアリなどの外敵に対しては、効果的な防御手段となります。



さらに、積極的な防御手段になるかどうかは別にして、
大きすぎる虫たちや、場合によっては、小さすぎる虫たちも、
捕食者の種類を限定するので、物理的な防御手段になるかもしれません。

例えば、熱帯地方には数10cmにもなる巨大なキリギリスや、
カミキリ、蛾などが、沢山の種類が知られています。

これだけ大きくなると、普通サイズ(?)の捕食者には、
ただそれだけで、獲物として不適当になることが予想されます。

 ⇒逆に、体長が数mm程度のノミハムシなどもいて、
  このような小さすぎる虫たちの場合も、
  それを食べる捕食者は、限定されてしまいます。




このように、大きすぎる虫たち以外にも、
実際以上に、自分の体を大きく見せる虫たちもいます。

例えば、カマキリは、正面からの野鳥類の攻撃に対して、
左右に大きく脚を広げて、自分の体を大きく見せようとします。

その他に、逆立ちをしたり、翅を広げて震わせたりする虫たちもいます。

このように、できるだけ体を大きく見せることにより、
獲物として、攻撃の対象から外れるように仕向ける種類がいるのです。








さらに、物理的防御法の典型とも言える方法があります。

自分の体を、極端に硬くすることで、例えば小鳥のくちばしでは、
破壊できないようなゾウムシの仲間がいます。


クロカタゾウムシ(ゾウムシ科)
イメージ 8
2001年3月20日 石垣島・沖縄

学生時代、東京の大久保にあった科学博物館で、
昔の偉い先生が戦前の沖縄で採集した甲虫類の標本を、
まとめて作るアルバイトをしたことがありました。

そして、この南方系のゾウムシの皮膚の硬さは、半端ではなく、
普通の虫ピンでは、なかなか突き刺すことが出来なかったのです。

 ⇒だから、甲虫分類学の大家である中根先生は、さりげなく、
  三角台紙に、糊で貼り付けるように指示してくれました。








ヒメシロコブゾウムシ(ゾウムシ科)
イメージ 9
2012年6月19日 白岩森林公園・青森

このゾウムシは、シリーズ⑮の「死んだふり」で紹介した、
ヒメシロコブゾウムシの擬死の写真です。

こんなガチガチの状態では、たとえ見つかってしまっても、
一気に飲み込むタイプの捕食者は、ちょっと苦手かも知れません。

あるテレビ番組で、体を硬直させたゾウムシを飲み込んだカエルが、
慌てて吐き出す場面を見事に撮影していました。
  






最後に、有名な物理的防御法を紹介します。

ニホンミツバチが、オオスズメバチに対して行う蜂球です。
オオスズメバチはミツバチの巣を襲い、成虫を殺した後で、
幼虫や蛹を自らの巣に運び仔の餌として利用します。

ニホンミツバチは、このようなオオスズメバチの襲撃に対して、
集団でボールのような感じで取り囲み、翅を震わせて熱を発生させ、
中にいるオオスズメバチを蒸し殺すという、
非常にユニークな戦略を進化させてきました。

ちなみに、日本でも良く見かけるセイヨウミツバチは、
そのような行動はとらず、むやみに挑みかかり、
皆殺しの憂き目に会うことが多いとされています。

ヨーロッパには、ミツバチを襲う大型のスズメバチがいないので、
そんな行動は進化してくるはずもないのかもしれません。






【虫たちの生き残り戦略㉑】 化学的防御法


ちょっとだけ不思議な虫たちの中には、外敵から攻撃を受けると、
生理活性のある匂い成分を放出することがあります。

そんな虫たちの体内には、匂い成分を作り出す腺(gland)があって、
危険を察知すると、開口部から放出することができるので、
それらは「防御物質」と呼ばれています。


ただし、防御物質(化学的な武器)とは言っても、
実際の防御効果は、外敵の種類によって全く異なります。

 ⇒一般的に、大型の捕食者に対しては、
  致命的なダメージを与えられず、
  瞬間的に驚かせ、攻撃を躊躇させるだけのようです。
  しかし、アリなどの小型の捕食者に対しては、
  かなり強力な防衛手段になっています。




今回は、カメムシ類の放出する防御物質(匂い成分)を例に、
現在までに同定されている物質名を紹介します。

よく知られているように、カメムシ類の匂いは、みんな同じではなく、
種類によって微妙に違います。

ただ、いわゆる「カメムシの匂い」のベースとなっている主成分は、
炭素数が6個~10個の直鎖のアルデヒトです。

ただ、その成分と比率が、カメムシの種類によって微妙に異なるので、
カメムシのプロといわれる人たちは、匂いを嗅いだだけで、
ある程度の種類が言い当てることができるのです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カメムシの匂い成分が化学的に研究されはじめたのは、
ようやく分析機器が一般的になった50年以上前からです。

文献的には、アメリカの稲のカメムシから、
炭素数10個の(E)-2-decenalというアルデヒドが、
分離同定されたのが最初です。

その後日本でも、カメムシ科のミナミアオカメムシ、ウズラカメムシ、
スコットカメムシ、アオクサカメムシ、クロカメムシにおいて、
同じ物質の存在が確認されています。

一方、日本産のヘリカメムシ科のホウズキカメムシ、
ツマキヘリカメムシ、キバラヘリカメムシなどからは、
炭素数6個の2重結合を持たない hexanal が検出されています。

また、実際にカメムシが放出する分泌液には、
上記のようなアルデヒド類以外にも、
溶媒のような役割を持つ炭化水素が含まれています。

例えば、ミナミアオカメムシでは、18種、
ホシカメムシの一種では、8種の化合物が分離同定されています。

また、カメムシ科では、hexenal、octenal、decenal などの
二重結合をひとつ持ったアルデヒドが多く含まれています。

 ⇒このような2重結合を持つ匂い成分は、
  個人的な感想ですが、どちらかというと、
  シャープな鋭い匂いだと思います。

一方、ヘリカメムシ科では、hexanal、hexanol などの
二重結合を持たない化合物が主になっているようです。

 ⇒このタイプの化合物は、ややマイルドな匂いだと思います。


多くの種類に共通して含まれているのは、(E)-2-hexenal で、
カメムシ科、ホシカメムシ科、ツチカメムシ科、ヘリカメムシ科から見つかっています。

 ⇒ちなみに、この化合物は、キュウリなどの青臭い匂いの主成分のひとつで、
  別名を青葉アルデヒドと言いますが、香水の原料として使用されることがあります。
  そのためか、カメムシの匂いも、薄まれば香水になると、ある本に書かれていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


カメムシ以外の虫たちの放出する防御物質の成分については、
今回は全く触れませんが、基本的に多くの種類で明らかにされています。

 ⇒機会があれば、別に紹介したいと思っています・・・





ここからが、本題です。

虫たちの行う化学的防御法について、
化学成分(防御物質)の放出方法と生物活性を、
いくつかのタイプに分けて、紹介します。


【タイプ1】:
 
カメムシに代表される放出方法で、オサムシ、ゴミムシ、ゴキブリなど、
多くの虫たちが液体を霧状にスプレーします。

特殊な例としては、外敵の目を狙って50cmも飛ばす種や、
アリなどの小型の外敵に対して、ピンポイントに放出する種類もいます。

また、カメムシの中には、第4のタイプのように、
自らの体表に滲みださせるような種類もいます。



【タイプ2】:

強力な防御物質は、体内に保存することができません。
そんな場合は、直前に2種の化学物質を反応させ
爆発的に放出することもできます。

有名なミイデラゴミムシは、放出の直前に、
ヒドロキノンと過酸化水素を化学反応させ、
高温ガスを発射することができます【注】

また、ヤスデの仲間には、体内に貯蔵された無毒の物質を、
直前に化学反応させて、青酸とベンズアルデヒドとして分泌させます。
当然、この物質の毒性は強く、狩猟用の矢毒として用いられたようです。



【タイプ3】:

有毒成分の入った袋状の腺を、外側に反転させて揮散させることもできます。

アゲハ類の幼虫は、頭部の背面にある臭角とよばれる袋状の腺を、
外側に反転させてオレンジ色のツノのように突出し、臭気成分を放出します。

人が指などで掴むと、それにツノが触れるようになるまで、体をそらせます。

同じ方法で、ある種のハネカクシ類は、腹部末端ののサック状の腺を反転させ、
外敵に押しつけようとします。



【タイプ4】:

タイプ1のように、有毒成分をスプレーするのではなく、
体の側面に一列になった放出孔より、分泌物をこじみ出させる虫たちもいます。

ハムシやジョウカイの幼虫などが行うもので、水滴が並ぶようなイメージです。

また、その小滴を自らの体表になすりつけたり、場合によっては、
外敵に、自分の脚で直接こすりつけたりする種も知られています。



【タイプ5】:

有毒物質を、針で相手の体内に注入する虫たちもいます。

多くのハチの仲間(基本的に雌だけ!)が採用する方法で、
産卵管が変化した強力な毒針を持っています。

たとえば、ミツバチの毒針による執拗な刺針行動は、
哺乳類を中心とする多くの天敵に対して有効です。

 ⇒私も、ハチに刺されたことがありますが、
  単にバラのトゲが刺さったような痛みではありません。

イラガやドクガの幼虫に触れたときも、同じような鋭い痛みがあります。


ようやく、写真が使えます!!!


多分アカイラガの幼虫(イラガ科)
イメージ 1
2011年10月9日 蔦温泉・青森

これは、多分アカイラガの幼虫です。

いかにも痛そうな太いトゲには、さらに小さなトゲ(正式には2次刺という)があります。

ヒスタミンや種々の酵素を成分とした毒であると言われていますが、
ちょっと触っただけで、かなり広い範囲に発疹が出来るほどです。

 ⇒保護色のような緑色も、この背景では良く目立ちます。
  もしかしたら、分かってやってるのかもしれません・・・?



【タイプ6】:

特殊な例として、植物起源の有毒物質を体内に蓄えて、
嫌な臭いや味のする液を、口から吐き戻すタイプもいます。

 ⇒バッタを捕まえると、口から茶色の液を出すのは有名です。


ホタルガ幼虫(マダラガ科)
イメージ 2
2012年5月25日 東海村・茨城

ホタルガ幼虫は、写真では毒毛がありそうですが、
実際には、口から吐き戻す液が有毒のなのです。

おそらく、野鳥類は、食べないと思います。




以上6種類の防御物質を放出するタイプを見てきましたが、
この中で、注目すべきは虫たちの体色です。

つまり、【虫たちの生き残り戦略⑥】で述べた警戒色との関係です。

 ⇒植物起源の不味成分を体内に蓄積する虫たちは、
  学習できる捕食者に対しては、想像以上に効果的に働くのですが、
  今回の化学的防御法の範疇には入りません。


通常は、武器を持ったり、体内に不味成分を含む虫たちは、
警戒色であることが多く、一度ひどい目にあった捕食者は、
警戒色と結び付けて学習するので、2度とその虫を攻撃しません。

しかし、防御物質の効力は、捕食者の種類によって、
全く異なっているので、話はややこしくなるのです。

防御物質を放出する虫たちを、ある捕食者は避けるが、
別の捕食者は、全く気にしないで攻撃することはよくあることです。

 ⇒ですから、防御物質を放出する虫たちは、
  一律に警戒色にはならないのです。

その防御物質を全く気にしない捕食者にとってみれば、
警戒色は、逆に、探しやすいターゲットになってしまうからです。

これが、不味成分を体内に持っている虫たちとの大きな違いなのです。




話がややこしくなってきたので、カメムシの例が、分かりやすいと思います。

まず、重要なのは、カメムシの匂いの実際の防御効果は、
アリに対してのみ有効であることが、色々な実験で確かめられています。
その他の捕食者は、全く平気でカメムシを食ってしまうのです。

だから、鳥などの学習できる捕食者に対して、
ちょっとだけビックリさせる効果しかない防御物質を持つカメムシが、
目立つ色の警戒色をしているはずがないのです。

しかし、警戒色のカメムシ類は、結構沢山います。
ナガメやアカスジカメムシのように、その多くは、匂いを出しません。

ただし、ほとんどが、体内に不味成分を待っているので、
警戒色のカメムシは、野鳥類から攻撃されることはないのです。

 ⇒カメムシに限らず、チョウやガの仲間でも、
  派手な色彩を持つ虫たちの多くが、防御物質を放出するのではなく、
  有毒植物から選択的に薬理成分を摂取・蓄積するのです。

  多くは、テルペノイドやアルカロイドなどの植物2次代謝成分なのですが、
  おそらく選択的に生体濃縮しているのかもしれません。





念のため、手元の昆虫図鑑を調べてみましたが、
カメムシ類の70%以上が、緑色や茶色の「いわゆる保護色」で、
そのほとんどが、強烈な匂いを放出します。


フトハサミツノカメムシ(ツノカメムシ科)
イメージ 3
2015年5月14日 安曇野・長野

典型的な緑色のカメムシです。

若干、希少種ではありますが・・・









一方、赤や黄色の派手な警戒色のカメムシは、30%以下なのですが、
そのほとんどが弱い匂いを放出するか、あるいは全く放出しないのです。


ヒメナガメ(カメムシ科)
イメージ 4
2016年7月23日 十石峠・長野

典型的な警戒色のヒメナガメの成虫は、
防御物質(匂い成分)を放出しません。

ですから、アリがかなり近くまで接近することができます。




では、何故カメムシは、あまり効果のない防御物質を放出するのでしょうか?

実は、カメムシの強烈な匂いは、近くにいる仲間たちに、
危険が迫っていることを知らせる警報フェロモンとして、作用しているのです。


カメムシの臭気成分の役割(警報ファエオモン)に関しては、以下の元記事をご覧ください。

【カメムシの匂いの秘密】
  ↓  ↓  ↓
 http://sallygenak.livedoor.blog/archives/2016-0425






【注】ミイデラゴミムシの噴射装置が、突然変異と自然淘汰で、
   進化してきたとは、とても説明できないという議論がありました。

   なぜなら、
   ・化学反応用の高温にも耐える体内の器官
   ・化学反応する基質(ハイドロキノンと過酸化水素)
   ・基質が反応しないようにしておくための貯蔵器官
   ・反応させるための酵素
   ・噴射の調節装置

   の全てが、同時に生じなければならないから・・・??

   つまり、漸進的な小進化の積み重ねで説明しようとすると、
   進化の途中(?)で、みな自爆して絶滅しちゃうので、
   いわゆる創造論でしか説明できないとされたのです。


   しかし、誤解のないように記しておきますが、この問題は、
   「同時に生じる必要などない」ということで、
   多くの人たちが研究を重ね、すでに解決済みなのです。

   簡単に言うと、ゴミムシ類の近縁種間の比較研究によれば、
   この噴射システムが、少しずつ改良されてきたことを示しています。

   また原料となる化学物質や酵素なども、もともと虫たちの生存上、
   どこかの段階で、必要なものばかりだったのです。






   


************************************************************
 この記事は、旧ブログで数回のシリーズに分けて書いた内容を、
 分かりやすく、掲載写真と文体を変えて追加・修正したものです。
************************************************************



【虫たちの生き残り戦略⑳】 サティロス型擬態


これまで、様々な【虫たちの生き残り戦略②~⑲】を紹介してきました。
そのほとんどが、(言い方は悪いですが)捕食者の視覚を巧みに欺いて、
あるいは、「脅したり・騙したりするような戦略」でした。

当然のことですが、多くの虫たちの姿かたち(翅の色や模様)は、
その個体の生存に有利なように、何らかの自然淘汰が働いた結果、
現在に至っていると考えられています。


でも、「ちょっとだけ不思議な虫たち」の世界には、
自然淘汰とか進化とかの概念を超越するような、
リアルな模様が少なからずあることが知られています。

特に大型の蛾の仲間には、鱗粉の色具合や濃淡を、
比較的自由に変えられることもあってか(多分?)、
翅や体の一部に、まるで心霊写真のように、
意味不明な人や動物の顔が描かれている場合があるのです。

 ⇒そのような虫たちの「模様」に関しては、
  現代進化論では理解しにくい場合もあって、
  あいまいな解釈だけが「一人歩き」してきました。


最近になって、動物やその一部を連想する模様について、
サティロス型擬態の概念で、統一的に説明できるようになりました。

その裏付けの一部になったのが、
「鳥類の視覚認知システムが、人間の場合とは異なる」
という点の再発見(?)だったのです。

【古くて新しい擬態 サティロス型擬態】
 ↓   ↓   ↓
 http://kamemusi.no-mania.com/Date/20150913/1/


サティロス型擬態の提唱者であるハウス氏は、著書の中で、
 昆虫の翅に他の生き物の部位が、
 移し入れられているものは、一種の擬態と見ることができ、
 それをわたしは「サティロス型擬態」と名付けました

と明確に述べており、まさに以下に示す「ヨナグニサン」のイメージでした。

しかし、前出の著書の写真には、「ウンモンスズメ」の写真が使用されています。

 ⇒だから、身体の一部だろうが、全体だろうが、
  本来とは違ったものに似せていれば、おそらく、
  サティロス型擬態の範疇に入るのだと思います。




ここで、「鳥類の視覚認知システムが、人間の場合とは異なる」
という説明をしなければなりません。

 簡単に言えば、人間の視覚認知の方法は、
 まず見た目の全体像から対象を判断します。
 しかも、人間の脳の特徴として、
 それが今すぐに必要なものかどうかの判断を、
 一時的に保留することさえもできると言われています。

 一方、鳥の方は、とりあえず全体像よりも、
 それぞれの部分部分を、すぐに過去の記憶と一致させて、
 瞬間的に対象を判断することが分かってきたのです。


人間の場合は、虫を見つけても、まず姿かたちを見て、
それがチョウなのか、トンボなのかを判断するので、
個々の模様に目を向ける必要がなかったのです。

しかし、鳥の場合は、見つけた虫について、
餌としての危険度を、一瞬で判定する必要があり、
まず個々の模様に、素早く目が行ってしまうのです。

空を飛びながら獲物を探す野鳥類は、
虫のようなもの(?)を見つけたときに、
それが、本当に餌である虫なのか、
あるいは、恐ろしい天敵の動物なのかを、
瞬時に判断しなければなりません。

そのとっさの判断基準は、目の焦点を合わせ、
じっくり観察できる全体像ではなく、
瞬間的に目に入った天敵の(ような)顔なのです。

 ⇒別の言い方をすると、鳥の場合は「心の目」によって、
  怖い怖いフクロウやキツネの姿などが図式化され、
  それに当てはめながら対象を認識している・・・?


確かに、親鳥が巣の中のヒナに餌を与える目印が黄色い嘴とか、
孵化後に最初に見る動くものを親鳥と認識する刷り込み現象とか、
鳥類に見られる独特の視覚認知法は、有名な話ではありました。

しかし、一般論として、餌の探索まで含めた説明は、
私自身は初耳だったので、かなりのショックを受けました。

 ⇒もちろん、私が知らなかっただけで、鳥類学者の間では、
  ずっと昔から知られていたことなのかもしれないのですか・・・









それでは、サティロス型擬態とはどんなものなのか、
いかに有名な実例として、5枚の写真をご覧ください。



ヨナグニサン(ヤママユガ科)
イメージ 1
2003年4月5日 与那国島・沖縄

よく知られているように、ヨナグニサンは、
与那国島に生息する世界最大級(!)の蛾です。

 ⇒写真のように前翅の先端部には、
  リアルなヘビの模様があることでも知られています。


詳細については、是非以下のブログ記事をご覧ください。

【サティロス型擬態① ヨナグニサンとヘビ】
 ↓   ↓   ↓
 http://kamemusi.no-mania.com/Date/20151001/1/

小鳥たちの多くは、(多分)自分の卵やヒナがいる巣に向かって、
恐ろしいヘビが近づいてくるのを、経験しているはずです。

だから、ヘビのような姿を、瞬間的に見た場合、
どんなに恐怖心を掻き立てられるのか、十分想像できます。

 ⇒野鳥類は、ヘビの姿をハッキリと認識するが、
   それがどの辺にいるのかまでは、なかなか把握しにくいのです。


逆に言うと、臆病な野鳥類に対して、
一瞬の判断ミスを起こさせるのが、
目につきやすい模様の「サティロス型擬態」なのです。










ウンモンスズメ(スズメガ科)
イメージ 2
2012年7月21日 白岩森林公園・青森

この子は、翅や体の一部に動物の模様があるのではなく、
身体全体を使って、演技しながら、動物の顔を表現しています。

野鳥類が、このような写真を見た時の恐怖感は、
人間とは比較にならないほど大きいのかもしれません。

【葉っぱのようなスズメガ ウノンスズメ】
  ↓   ↓   ↓
 http://kamemusi.no-mania.com/Date/20120805/1/

普通の静止状態では、翅を持ち上げて静止することはありません。
もちろん、そのときは犬のようには見えないので、
上の写真のような状態になるのは、危険を察知したときだけです。

 ⇒自分をどう見られてるのか分かっているかように、
   意図的に(?)翅を少しだけ立てたのです。
   しかも、ときどき耳の部分(?)を、
   それらしく動かしたりもするのです。











コマバシロコブガ(コブガ科)
イメージ 3
2014年6月5日 矢立峠・秋田

この子も、身体全体で動物の顔なのですが、
完成度の高い、リアルな仕上がりです。

ただ、この写真では、上のウンモンスズメの怒っている犬と違って、
やさしい顔なので、少なくとも人間は、怖さを感じませんが、
小鳥にとっては、やんちゃな天敵になるのかもしれません。

 ⇒顔の表情を見て、怖そうか、優しそうかは、
   我々人間だけ(?)が、過去の経験から、
   勝手に思い込んで判断した結果だと思います。

  だから、野鳥類にとっては、そこに動物がいるというだけで、
   怖がると思った方が自然ではないでしょうか。












エゾヨツメ(ヤママユガ科)
イメージ 4
2015年5月4日 塩原温泉・栃木

この蛾は、逆さから見ると、動物のような顔になります。

しかも、目玉模様は、同じヤママユガ科のクスサンとは違ってリアルです。

なんたって、目玉模様(眼状紋)がよくあるタイプの同心円ではなく、
ひとみの中に漫画に出てくるようなV字型のキラリ(?)があるからです。

 ⇒この顔は、フクロウというより、猿に近いかもしれません。
  いずれにしても、小さな野鳥類にとっては怖い存在だと思います。












アサマキシタバ(ヤガ科)
イメージ 5
2014年5月25日 久米の里・岡山

この子の場合、普段は動物の顔(後翅!)は見えません。
何らかの刺激をきっかけに、突然翅を開くのです。

このように、普段見せていない模様を突然見せる方が、
いつでも見せているよりも、捕食者に襲われる確率が、
ほんのわずかだけ低かったので、
長い年月の間に、突然見せる個体の方が、
少しずつ増加していったのだと思います。



野鳥類が目玉模様に驚いて、攻撃を躊躇する場面には、
残念ながら、私はまだ出会ったことはありません。

ただ、このアサマキシタバの写真を撮ったときに、
もしかしたら「これがそうか?!」ということがありました。

 ⇒私が、写真を撮るため、キシタバに近づいたとき、
  多分ハクセキレイだったと思いますが、すぐ傍にいて、
  何故か驚いて飛び去ったような気がしました。

  もしかしたら、私に驚いて飛び去ったのではなく、
  アサマキシタバの目玉模様のような模様(?)に、
  反応した可能性がかなり高いと思います。






今まではこのブログで、特に探索行動中の野鳥類に関しては、
 ◎ もともとかなり臆病だとか、
 ◎ 両目の位置から遠近感が分かりにくいとか、
 ◎ サーチング・イメージが重要だとか、

 ◎ 初見の奇妙なものは食べないとか、
色々な理由を付けて、虫たちの模様の機能について考察してきました。

もちろん、このような過去に行った解釈・説明は、
サティロス型擬態の概念を否定するものではなく、
むしろ、サイス的な問題点などを、補強するものだと思います。


野鳥類が、蛾の翅にある目玉模様を見た瞬間に、
本当に攻撃を躊躇するのか、個人的には、
実を言うと、最近まで疑問視していました。

本物のフクロウと蛾の翅の模様とは、
サイズが違いすぎるからです。

ところが、野鳥類は、必要以上に怖がりであることと、
遠近感とサイズ認識が苦手であるというふたつの理由で、
 小鳥たちは、遠くのフクロウよりも、
 近くのクスサン方が、はるかに怖い

ということが、ようやく理解できたのです。

【擬態??④/④ サイズの違い】
 ↓   ↓   ↓
 http://kamemusi.no-mania.com/Date/20141214/1/







【虫たちの生き残り戦略⑲】 捕食者を欺く(5) どっちへ逃げる?



捕食者を欺く5番目の特殊な方法も、なかなか面白い戦略であると思います。

よく知られているように、シジミチョウの仲間は、
後翅に尾状突起を持っていることが多いのですが、
一体どんな意味があるのでしょうか?






まずは、下の写真をご覧ください。


ウラナミアカシジミ(シジミチョウ)
イメージ 2
2012年7月3日 小泉潟公園・秋田

先端が白くなった2本の尾状突起が、まるで触角のように見え、
その付け根にある黒い点は、目を連想させます。

さらに、翅の裏面にある点線のようなしま模様が、
その目のような点に集まっています。

 ⇒もちろん、じっくり観察すれば分かることなのですが、
  右上側が頭部のように見えませんか?









多分キタアカシジミ(シジミチョウ)
イメージ 1
2013年7月15日 ベンセ沼・青森

この子も、左側が頭のように見えます。

近づくと、後ろの2本の突起を、ゆっくり交互に動かします。
尾状突起は、まさに触角の動き方です!!


全くの想像なのですが、多くの捕食者は、おそらく、
写真の左方向に飛び立つと予測すると思います。

あるいは、頭を一撃で狙う捕食者は、おそらく、
頭部のような黒い点を攻撃するはずです。

もちろん、攻撃されたその部分は、
生存に直接損傷を与えるような急所ではありません。

このちょっとした工夫(?!)が、
結構役に立っていると考えられるのです【注】










トラフシジミ(シジミチョウ科)
イメージ 3
2012年6月14日 白岩森林公園・青森

この子も、全く同じ状況だと思います。

 ⇒写真の撮り方(アングル?)にもよりますが、
  この方向から撮ると、やはり下の方が頭に見えます。










ミドリシジミの仲間(シジミチョウ科)
イメージ 4
2010年8月22日 白岩森林公園・青森

尾状突起を持つシジミチョウの仲間の多くは、
翅の裏面の模様が、尻尾の方へ向かうようになっており、
反対側が頭部のように見えるのです。

 ⇒捕食者が、頭部を狙って攻撃する場合には、
  前々回⑰で紹介した小さな目玉模様に似た、
  その部分がターゲットとなるような機能があるかもしれません。









多分オナガシジミ(シジミチョウ科)
イメージ 5
2014年7月18日 木賊峠・長野

もう1枚だけ、同じような例です。

この子も、長い尾状突起を、触角のように動かします。

 ⇒どうせなら、もう少し脚を縮めて、
  低い体勢になってほしかったのですが・・・








比較のため、尾状突起を持たないシジミチョウの写真です。


ゴイシシジミ(シジミチョウ科)
イメージ 6
2010年8月1日 だんぶり池・青森

このように、尾状突起を持たないシジミチョウには、
そこへ向かうような「しま模様」がないことが多いのです!!









最後に、この子はどっちが前なのか、すぐに分かりますか?


ホシナカグロモクメシャチホコ幼虫(シャチホコガ科)
イメージ 7
2012年8月22日 十石峠・長野

もし、頭部を狙って攻撃する捕食者がいれば、騙されると思いますが、
この状況でそのような捕食者を、私には例示することはできません。







【注】熱帯ののビワハゴロモの仲間にも、
   後端に触角状の突起や目玉模様を持っている種がいます。

   着陸する瞬間に、向きを変えて飛翔方向に尾端を向けたり、
   垂直の面にとまって頭を下に向けて、
   尾状突起を触角のように動かしたりするようです。

   これらは、鳥などの捕食者が予想するのとは、
   全く逆の方向に飛びたつことに意味があるのですが、
   実際にどの程度の効果があるのかは不明です。

   ただ、ずいぶん昔の話であるが、学生時代に読んだ本の中で、
   捕食者は、獲物の頭の部分を狙って最初の攻撃を仕掛けるが、
   間違えて尻尾の方を最初に攻撃してしまう頻度が数値化されていました。







このページのトップヘ